私はよく家族や友人やら知人に

「この服つくったの?」

と質問を受ける。

「作ったよ」

と答えれば、

「そうだと思った」

と、
よみがあたってどこか
ほっとした顔を見せられるときもあるし、

「えーこれが作れるの!?」

とびっくり大きい声で驚かれるときもある。

相手の反応は
あまり気にしないようにしているんだけど、
やっぱり気になっていて

ほっとした表情をみせられると
「あぁやっぱり手作りっぽくみえるんだな」
と思うし

びっくりされれば
「よっしゃー!」
って内心ニヤリとしたりする。

 

 

いつしか
「よっしゃー!」を常に味わいたくて
いかに手作りっぽく見せないか
をすごく気にするようになってた。

 

もちろん、
縫製が上達して作れるものが増えると
「既製服みたい」
と言ってくださる方もいて
内心満足してたのも事実。

 

 

だけど、
服を作ることがすきなのに

 

 

手作りっぽさを削ぎ落とす意味ってあるんだろうか?

そして、その手作りっぽさって恥ずかしいことなのか?

 

 

と自分に問うてみたくなった。

技術は上達したいし、
縫えるならどんなものも縫ってみたい。

その気持ちは変わらないけれど、
目指したいのは「既製服」ではない。

 

 

手作りした服のなんともいえない
あの優しい雰囲気が好きなのだ。

 

 

だから、特別なミシンがなくても
縫い目がガタガタでも
柄合わせがうまくできていなくてもいい。

 

ちょっと失敗した服だって
誰か(それは自分も含まれる)を
想って作ったことはまちがいないから。

 

 

もうそれだけで充分価値があるものだから
それを自分が否定してはいけないし
周りの反応で一喜一憂する必要もない。

 

 

私は、
自分の発想と手で自由に作ることができる
手作り服が大好きだ。

 

 

ブログランキング参加中です♡

にほんブログ村 ハンドメイドブログ 子供服(洋裁)へ
にほんブログ村

 

 

 

 

※コメントもお待ちしております^^承認制になっておりますので承認後に表示されます。
(返信まで数日お時間いただくかもしれません。申し訳ありません。)

 

 

 

 

インスタもやっています♪
お気軽にフォローしてくださいね。
 

Instagram